「ギ・ギタ・ギター」GTZ、Zemaitis、そしてギターデザインの世界

ゼマイティスと中学生の私

●聞き手)Zemaitisとの出会いは、いつ頃だったのですか?
〇三ツ井)私がゼマイティスというギターを知ったのは、中学生の頃にTVで見たフェイセズのヒット曲だったと記憶しています。そのギターは、当時のギターキッズの憧れであったギブソンやフェンダーのデザインとは異なり、ボディーに金属のプレートが張られ、スポットライトに映える豪華な外観をもっていました。当時は、インターネットやEmailなどという手段はありませんから、「あれは、なんというギターですか?」という質問に答えを見出すのは、14歳の少年にとって至極困難な作業であり、音楽雑誌のインタビューで、時折ロニー・レインやマーク・ボランの弾くZemaitisというギターを目にしては、蜃気楼を追うような日々が続きました。

●なるほど、資料に出会うだけでも大変な苦労ですね。
〇そうですね。その後、プレイヤー誌に連載された岩撫安彦氏の「マニアック・ギター第一回」に、Silver Ladyが掲載されると、私は、その小さな白黒写真と氏の英国記に心をうばわれました。ヨーロッパを旅行したことが無かった高校生の私にでさえ、ギターを抱え、ケントの田舎町を赤いジャガーの助手席に乗って走る岩撫青年は閃光のように眩しい憧れそのものとなったのです。この記事は、100回、いや200回と読み返した、私にとって人生のターニングポイントです。ロックバンドに没頭し、落第同然だった学校を卒業できたのも、これらの目を瞑ると見え隠れするカスタム・メイド・ギターの群像を追い求めたからだと思います。

●環境にも恵まれた?
〇確かに、恵まれていたと思います。母は、私のギター好きを、単なる遊びとはちがうと直感し、その後長年に渉ってサポートしてくれました。幸い、母校は、ヴィンテージ業界の雄「マック・ヤスダ(マックス・ギター・ギャラリー」「大西正浩(MGM)」の両名を輩出しており、ヨチヨチ歩きの学生でも、先輩を訪ねれば無数のヴィンテージ・ギターに触れることが許される、恵まれた環境でもありましたので、ここからギターの世界に没頭するのは、さほど不思議なことではありませんでした。

●初めて現物をみたのが…?
〇有名な話になってしまいましたね(笑)。その頃の思い出は、バンドのメンバーと一緒に上京し、南青山に居を構える「ギタリックス」を訪ねたことです。今では新幹線で3時間もかからない東京ですが、西宮の学生にとっては、大阪駅を夕刻出発し、鈍行を乗り継いで旅する「大都会」、一大決心です。東京に出ていた友人の下宿に4人で転がり込む、そんなことができる時代でした。この時、他のメンバーは原宿や新宿のライヴハウスへ行きましたが、私は広告の住所を頼りに南青山を訪ねました。岩撫さんは、予約もなしに訪問した私に、嫌な顔ひとつせず、見せてくださいました。「こういうギターですよ」と。一目で虜になりました。ギターは、随所に作家の自信と息吹が聞こえ、触れるのもためらうほど美しく、娼婦のように陰陽で、「これがロックスターを魅了するZemaitisか」と、蹂躙する特権をあたえられたオーナーに嫉妬さえ感じたのです。「写真をとりますか?」と聞いてくださった氏に、「あつかましくて、撮れません」と答えたのを覚えています。

SG2

●三ツ井さんご自身は、SG(ギブソン)のコレクターであり、ギターのデザインもされています。
〇振り返ると、ギターをはじめたのは、中学生の頃で、すでに30以上が経ちました。最初のギターは、ロッコーマンという神戸・元町の楽器店に努める店員のお兄さん(現トーラスの中村社長)が勧めてくれた、73年製のSGスタンダードでした。

yasudasg-001中学時代からずっと一緒の SG Standard 1973 左から二本目

SGは製造年数が長いのと、バリエーションが多いので、奥が深いですよ。何本持っていても、いまだに全機種は集まりませんね。パーツのバリエーションも結構適当ですし。ほかにも、そのお店に飾られたドングリ彫刻のGuild/S-100や、華やかなBCリッチやアレンビックなど、新興のカスタムギター・メーカーのデザインに目を奪われ、コツコツとお小遣いを貯めては、ギターを買っていました。これらの高級輸入ギターは、店頭のショーウインドーにうやうやしく飾られ、カタログをもらうだけでも胸が高鳴り、折り目をつけないように大事に家に持って帰る。帰路の阪急電車が、とてつもなく長く感じるのです。写真集のような豪華なパンフレットに掲載されているギターは、安易に入手できるわけではなく、あこがれながらそれらの絵を沢山描きました。高校時代のスケッチブックは、ギターのデザインだらけです。アレン・コリンズのエキスプローラーや、森園勝敏さんのストラト、スタンリー・クラークのアレンビックと、手当たり次第に。アトランシアのベースも好きなデザインで、良くデッサンしました。長野に在住の「林伸秋さん(アトランシア代表、アリアプロII PEのデザイナー)」と文通(笑)を始めたのも、高校時代です。素敵なデザインのベースで、お写真を沢山いただきました。

EXP

ギターの魅力

●ゼマイティスは、実物を見る機会があったのですか?
〇当時関西にZemaitis(当時はゼマティスという呼び方もありましたが、その後はゼマイティスが主流のようです)が上陸することはなく、時折雑誌に掲載されるサン楽器の広告を切り抜いては、東京を羨ましく想いました。皆さんにも経験があると思います。最近、古い資料を整理していて、当時の懐かしい広告や記事の切り抜きを再発見しました。回想すると、その頃は、「買う」というゴールよりも「探しつづける」その永遠にも思える時間を、純粋にエンジョイしていたのだと感じます。70年代のプレイヤー誌を読み返すと、個人売買コーナーに当時の三ツ井忠が、「ゼマイティス買います。高価にて。」などと胡散臭い投稿をしていて(爆笑)、来るはずも無い葉書を心待ちに実家のポストを覗いたのが昨日のようです。

●コレクションはあまり公開しませんか?
〇うーん、それは人それぞれの考え方があると思いますが、私の場合は、あまり見せません。ゼマイティスも公開しているのは一部です。でも、私自信は、レス・ポールやSGに代表されるウッディーなギブソンも、機能美に徹したレオ・フェンダーの作品も、大好きです。ギターグラフィックのインタビューを受ける直前に、阪神大震災で、損壊した家屋から53本のギターが盗難に遭いましたが、主なものはバーストのレス・ポールやSG、年代別にコレクションしていたストラトキャスターなどで、母と同時に愛猫とギターをなくした辛い思い出です。これらは、ヴィンテージのケースに入っていると、大方中身が想像できるのでしょうか、目利きの窃盗犯にとっては170本の中から選別するのも楽な作業だったに違いありません。Zemaitisも、大変特徴のあるギターが一本行方不明のままですが、コレクターはもともと自分の所有楽器をあまり公開したがりませんから、迷子になるとなかなか再発見は困難です。

●大好きなデザインを一本あげるとしたら?
〇ZemaitisのSilver Ladyです。 ギターマガジンのトリビュート特集で岩撫さんが、その個体をスタジオ写真で公開されていますが、アールヌーヴォーの曲線と、グラマラスなロックの雰囲気が退廃的で、憧れの逸品です。

silver2

●コレクションの本数が多いと日頃の手入れも大変ですね。
〇そうですね、特にゼマイティスは、例えば「リック・パーフィット」や「ロリー・ワイズフィールド」、「トニー」のように、ほとんどが前オーナーから直接譲り受けた個体で、ご本人が張ってくれた弦もそのままの状態で保管していますので、現状を維持するには、フレットなども磨けないジレンマがあります(笑)

●さて、ここまで人を虜にするZemaitisの魅力はなんでしょう?
○まず、ステージ栄えしますよね。ステージで使うということは、ツアーで使えるということですから、元来頑丈に作られた信頼性の高い楽器で、音も良くなくてはいけない。ストラトやレス・ポールをプロデュースした人は大変優れていましたが、実際の製造工程では、おばちゃんがガンガンとフレット打ってたんだし、工場の従業員も、皆が職人ということではなく、大部分が流れ作業で、一人の手によって最初から最後まで作られるモデルは一部の高級ジャズギターを除き稀です。良い・悪いではありませんが、そうしたマスプロダクションに比べると、Zemaitisというのは、一本一本トニーがインスパイアされて作っている、カスタムメイドの象徴的なブランドだと私は思っています。デザイン、レイアウト、木部のノミ跡や、フィニッシュの刷毛など、一つ一つに油彩画の如く作家の息吹を感じる。晩年は実験的なことはあまりせず、ある程度定型を決めて、他のデザインは全然やってくれませんでしたが、のぼり調子の70年代後半などは、5弦やダブルネック、スルーネックやセミホローボディなど、あらゆることにトライしていて、とてもひとりの職人が作り出した世界とは思えないぐらい多彩でした。才能を如何なく発揮していますよね。ギターマガジンの野口編集長は、「確かにステージ映えがする。不思議と見るものを楽しませるところがあります」とおっしゃられたが、私もその通りだと思っています。

●「ゼマイティスのギターには嘘が無いから。確立されたギターだから。」有名なフレーズですね。
○ギターグラフィックのインタビューは、皆さんにインパクトあったようですね。(笑)私自信、レス・ポールやストラトを収集する上で、Zemaitisがあるから、冷静にそういうギターを見る尺度になっているし、逆に、ギブソンやフェンダーの名器があるからZemaitisもある程度冷静に見れる部分がある。Zemaitisは、至近距離で見ないとわからないものです。ギター・ショーや展示会で、Zemaitisを見れる機会をもっと増やしたいと思いますね。布袋寅泰さんが「Zemaitisをみんなが触れる機会をつくるのもいいね」とおっしゃっていましたが、その通りだと思います。楽器ですから、飾るだけでなく、触れないと。ギターを弾くなり集める人であれば、Zemaitisを知らなくても、見て触れる事で、かならずプラスになると思います。

●それは、人が作っている手ごたえであったり、マチエールの大切さ、手触り感ですか。
○ある意味、それ以上のものを感じます。例えば、手工品・工芸品としてみれば、日本の家具職人に作らせれば、同じものを、もっとこぎれいに、上手く作ると思います。ただ、絵を例にとれば、ピカソの絵を見ながらなら、似た絵は美大の学生でも描くわけですよ。大事なのは、全くなにもないキャンパスに絵の具を載せることなんです。そういう創造性、クリエイティヴな才能。ギターとしてまとめてゆく感性。それは、職人ではなく、アーティストとしての領域です。

●つまり、トニーの創造性そのものが、Zemaitisの魅力であるということですね?
○その通り。例えば、ギターをオーダーしたら、期待通りのものが出来てきた。それはとても嬉しいことです。しかし、トニーの素晴らしいところは、こちらが期待した以上のもので返してくるところなのです。それは、自分が希望したものよりも優れているわけで、トニーの溢れ出る才能そのものが体験できる。もちろんこちらの希望を伝えてオーダーするのだけれど、トニーはそれをデザインしなおして、もっと素晴らしい作品にしてしまう。出来上がってきたものは、期待する範疇を超えた作品です。音・外観・造作含め非常に素晴らしい。そういう意味では、私は、アーティストとして評価しています。ミュージシャンで彼にギターを頼みに行く人も同じだと思います。期待した以上のものが返ってくる。それがトニーにギターを頼む一番の理由です。作品を見て、「自分のデザインと違うじゃないか、と文句を言う人はいないわけです。

●Zemaitisが本当に好きなんですね。
○好きですよ(笑)。Zemaitisが、というよりもギターが好きです。ギブソンもフェンダーもカスタムギターも。特に世界中の新鋭ギタービルダーには、たくさんの才能溢れた若者がいます。彼らを発掘して、ミュージシャンに紹介していくお手伝いができればいいなと思います。私自身、良いものの価値・優れた作家を見極める才能はあるとおもっていますから。こうした素晴らしいギターを通じて知り合う方々とお話をさせていただくと、常に新しい発見があり、触発されます。ヴィンテージ・ギターやZemaitisに代表されるカスタムギターのジャンルが社会的に市民権を得ていくなかで、若い人たちの才能を発掘して、紹介してゆくという、そういう自分の場所を作っていきます。その一つの私の拠りどころがZemaitisで、それは誰にも譲れません。

GTZのデザイン

●ギターのデザインは、どのようにスタートしたのでしょう。
○ホームページでも綴っていきますが、中学時代からずっと描きつづけている、理想のギターの延長線上にGTZというエクスペリメンタルな個体が存在しています。あえて「デザインのスタート」といえば、やはり学生時代にプレイヤー誌のグラビアを見ながらスケッチしたり、空想して夢見たオリジナルのギター達が、40年間ずっと自分の中で昇華されながら、GTZとして具現化できている気がします。

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●随分と長い期間温めたコンセプトですね。
〇ギターを愛し、製作や収集に携わる人間にとっては、Tony Zemaitisの没後を「何か衝動的に、インスパイアされながらフォローして行くこと」は必然的な義務だったでしょう。ですので、ランボルギーニやステルス戦闘機のような奇抜なエッジの効いたデザインを追い求めているのではなくて、いわゆる「歌舞伎衣装」のような伝統的な安心感のあるアウトラインやレイアウトのなかで、自由気ままに楽しむ。そんなデザインコンセプトでやっています。

●3つのモデル(Solo、Duo、Triangle)は、随分と印象が違いますが。
〇一連のGTZシリーズは、1PUでも2PUでも3PUでも、すべて同じボディーラインから出来ています。
パーツやインレイのレイアウトで、同じボディーシェイプが、異なった印象を与えているのです。ギターはピアノやドラムと異なり、人間が抱えて演奏する大きさの楽器ですので、アパレルのデザイン同様に数ミリの違いが決定的なインパクトの差となって伝わってきます。そうしたディテールの大切さと、全体像をイメージするダイナミックさを同居させる、そんなことがGTZのデザインで表現できると嬉しいです。基本的には、Tonyに作らせた「Hearts&Soul」という作品のモチーフを原型として、派生させていますので、馴染みやすいと思います。

●このホームページで存分に、楽しめそうですね。
〇GTZの一本一本に込めた思いや、製作秘話(笑)、オーダー主とのやり取り、デッサンを可能な限りご紹介します。同時に、Zemaitis写真集「Stay with Z」で、掲載しきれなかった美しい写真も掲載していきますので、ギターが好きな人、ロックが好きな人、ギター製作を志す若者たち、皆さんに楽しんでいただければ幸いです。

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三ツ井忠
1960年兵庫県西宮市生まれ、O型。関西学院中・高・大と進み、マーケティングを専攻。ドイツ留学を経て富士フイルムに入社。北米駐在後、デジタルカメラ・チェキ・プロ用光機の商品企画を10年間にわたり担当する。ギターデザイン、ヴィンテージギター収集、ネブトクワガタ探索。Zemaitis写真集「Stay with Z」著者。「買わずに後悔するなら、買って反省しよう」が座右の銘。

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