2. Zemaitis アコースティックの時代
魔法のアコースティック
今日、トニー・ゼマイティスのギターと聞くと、メタルやシェルでデコレーションされたソリッド・ボディーのエレクトリック・ギターを思い起こす人がほとんどだろう。アコースティック自体、本数が少ないこともあるが、「オーナーが手放さない・見せない」「遺族がゼマイティスと気づかない」「割れたり損壊して修理されなかった」などの理由で埋没しているケースが多く、ファンシーな個体が公衆の面前に登場することが非常にレアになっている為だ。しかし、写真をみていただければ、トニーのデザインが「コンサバティヴなアコースティック・ギターのデザイン」でさえ、豪華に・アトラクティヴに変身させてしまう魔法であったことを疑う人はいない。外観だけでなく、トニーの魔法は、その音色にも現れていた。
一度聞いたら忘れられない、鈴を鳴らすような涼しげでハスキーな響きは、ハカランダの低音をこれでもかと主張するマーチンのような豪快さではなく、かといって、ギブソンほど、ジャージーなミッドレンジの曖昧さでも無い、「ボーカリストの歌声を優しくサポートしてくれる、メロディアスな楽器」に仕上がっていた。この音色は、いかなる材をつかい、どんなサイズに仕上げようと、トニーのアコースティック・ギターに共通して与えられたキャラクターであり、ソングライターがリビングで、スタジオで、数々の名曲を作り出してきた、メガ・ヒット・メーカーなのである。ドノヴァンの名曲「ブラザーサン・シスタームーン」は、クレッセントのサウンドホールを持つゼマイティス無くしてこの世には存在しなかったヒット作だ。
ギター作りに大切な才能(モノ)
トニーのアコースティック・ギターには、マーチン同様に、グレードによって種類のことなる木材が使われている。表面板は、スプルースか、マホガニー、サイド・バックには、ハカランダやローズウッド、メイプル、マホガニーなどが使われた。ファンシーなインレイを施す高級な機種にマホガニーが多いのは、トニーが「マホガニーの奏でるメローな中音域」がお気に入りだったからだろう。バックは、左右の二枚をセンターで貼り合わせている場合がほとんどだが、ゼマイティスの特徴は、そのセンターにアテ木がない点だ(写真10)。つまり、アテ木の面ではなく、左右二枚の厚みの接点で接着されているのである。通常のアコースティックギターよりも、むしろヴァイオリン属の弦楽器に近いかもしれない。ブレーシングの形状・バインディング・サウンドホールなど、構造からデザインまですべてに於いてユニークな、トニーのアコースティックが、音色においても、演奏性においても、常に独特な世界観をもっていることは、のちにトニーがエレクトリック・ギター製作に重点をおくようになってからも、共通している、アーティストの証だ。